「何をしてほしいのか。」盲人は、「主よ、目が見えるようになり たいのです」と言った。そこで、イエスは言われた。「見えるように なれ。あなたの信仰があなたを救った。」(ルカ 18:41、42)

皆さんは教会で先生が話していることの意味が全くわからないということを経験したことがありますか。あれば、今日の福音書の31−34節の弟子たちの経験がよくわかります。どうでしょうか。どうして弟子たちがイエス様のエルサレムで起ころうとしていたイースターの行いの意味が全くわかりませんでした

 それは、弟子たちがまだこのところでもイエス様の実際の使命、つまり十字架の使命をわからなかったからだと思います。私達の人生に対しての予想よそうと神様の導きが合わない時になんと理解しにくいことでしょう。イエス様の十字架の使命は弟子達にとってこのような理解しにくい経験だったので、イエス様のそれについての話もわからなかったと思います。

 実は、弟子達がイエス様の話がわからなかった時イエス様に信頼し、ずっと後について行きました。旅を続くとイエス様と弟子たちがバルテマイという盲人に会いました。そして、イエス様はバルテマイにとても重要な質問をされました。イエス様はバルテマイに「わたしに何をしてほしいのか。」と聞かれたのです。実は、この質問を深く考えれば考えるほど重要な質問です。その答えによって私たちのイエス様との関係が明らかになるからです。

 今日の福音書をまとめたら、私たちの主イエス・キリストが私たちを深く愛しておられるとわかります。他の皆さんが私たちを無視するときにも私たちのことに興味を持って助けられるのです。これを忘れないようにしましょう。そして、バルテマイもこの出会いの後でイエス様について行ったように、イエス様の後についていきましょう。私たちの神様の導きについての予想が合わない時にも神様の良い計画がすべての背景にあると信じましょう。