「霊の結ぶ実は愛であり、喜び、平和、寛容、親切、善 意、 誠実、 柔和、節制です。これらを禁じる掟はありません。」(ガラテヤ 5:22)
「努力は実を結ぶのか?」と言われれば皆さんはどのように答えますか?確かに結ぶこともあるでしょう。努力の結果、素晴らしい功績をあげる方もおられます。また、努力の積み重ねによって何かを成し遂げることもあるでしょう。しかし、それが全てだと言われると果たしてそうでしょうか?努力したけど、何も実を結ばなかった。何も達成できなかった。そのようなとき、その努力は無駄になってしまうのでしょうか。
聖書では実を結ばせてくださるのは主ご自身であると語っています。だからこそ、私たちにとってもっとも大切なことはこの主につながるということです。ヨハネの福音書でイエス様は「わたしはぶどうの木であなたがたはその枝である」と語られました。枝が実をつけるには、その枝が木に繋がっている必要があります。私たちはイエス様の幹に繋がり、イエス様の養分を受け続ける必要があるのです。たとえ「努力が実を結ばない」そう私たちが思うときがあっても、主が私たちの思いを超えて実を結んでくださっているのです。
努力はもちろん大切です。しかし、努力の届かないところにも主が実を結ばせてくださる、そのことを今日覚えてまいりましょう。