主イエスは、あなたが元どおり目が見えるようになり、また、聖霊で満たされるようにと、わたしをお遣わしになったのです。

(使徒9:17)

「目から鱗が落ちる」ということわざをご存知でしょうか。その意味は「あることをきっかけに、今までわからなかったことが急に理解できるようになること」です。実はこの言葉の由来は聖書からであるのです。

 サウルという人物(のちのパウロ)はキリストを信じるものを片っ端から捕らえ迫害していました。クリスチャンを捕らえることこそ神の御心だと固く信じていたのです。

 しかし、ダマスコへ向かう途中、幻の中キリストと出会います。「サウル、サウル、なぜ、わたしを迫害するのか」という主の御声を聞き、その時から目が見えなくなります。

 彼は三日間、暗闇の中飲みもせず、食べもしない時を過ごします。そして、その後アナニアという預言者に出会い、目が開かれていくのです。彼の目が開かれるとき、彼の目から鱗のようなものが落ちたと語られています。それが由来となり、「目から鱗が落ちる」ということわざは生まれました。

 鱗が落ちてからの彼の人生は180度変わりました。キリストを迫害するものから、キリストを宣べ伝える宣教者となったのです。彼のおかげで多くの教会が誕生し、キリスト教が全世界へと伝わりました。

 彼の目の鱗は、彼自身が努力して落としたものではありませんでした。神様の出会いによって、彼の目は開かれたのです。私たちも神様によって目を開かされていきましょう。そして、人を殺す生き方ではなく、人を生かす生き方へと変えられていきましょう。